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アダルトチルドレン、毒親育ちを克服したブログ 一人で苦しみを乗り越えようと思うことをやめる

毒親との付き合い方 -憂鬱な帰省、自分らしくいられる距離とは-

毒親との付き合い方

私は毒親育ちで、親と全く会わない期間がありました。
もう二度と親に会わないかもしれないと思っていたときもあります。

親とどんなに折り合いが悪くても、いつか分かり合えるような気がしていました。
雪解けというか、和解というか、そんな瞬間がどこかで訪れると思っていました。

だけどそんな瞬間は訪れないと確信した時、親から離れようと決めました。

ずっと親に私の気持ちを分かってもらいたいと思っていたのだけど、もう親は変わらない、親に何かを期待することをやめようと思いました。

子供がどんなにやめてと言っても、やめられない親もいる。
子供の話を聞き入れることができない親もいるということに、やっと気がついたのです。

親と離れることで、生きづらさを克服できるかは分かりません。

だけど親と離れると、親に期待する感情も薄れたような気がします。
親に期待する感情が薄れることが大事だと感じます。

毒親育ちの場合、子供がやめてと言っても、やめることができない親もいるということを受け入れることは大事なのかもしれません。

親と離れた後

親と離れても、困難に直面した際に、こんなとき親が助けてくれたらとか、相談に乗ってくれたらとか、そんな感情が消えませんでした。
どうして私には助けてくれる親がいないのだろうと思うのです。

親と良好な関係を築いている人を羨ましいと思っていました。
今でもそう思うことはあるけれど、もう仕方がないと思うことはできるようになりました。

親と離れて不便に感じることもあったけれど、生きづらさを克服していくうちに、少しずつ穏やかな毎日になりました。

そんなとき、親の電撃訪問があって、あっさり絶縁の期間は終了しました。

和解なのか、分からないけれど、再び親と交流が始まりました。

もう親を頼りにしないで生きていく決心をして、やっと立ち直ってきたときに、また私をコントロールしようとします。

憂鬱な帰省

お盆に実家に帰ってきてと言われて、兄夫婦と交流しようと言われ、なんとか断ろうとしました。

もう放っといてほしいんです。
兄弟差別で苦しんでいるときは、兄を可愛がっていることが辛かったのだけど、もう今はそんなことどうでもいいんです。

親に大事にされているかどうかに、長い間ずっと苦しんでいたのだけど、もういいんです。

親は恐らく私を大事に育ててきたし、親にとって私は大切な存在だと思うことができます。

もう親を恨んでいないことが、私にとっては長い道のりだったのだけど、親はお構いなしです。

親と会うだけでも、かなりのエネルギーが必要なのに、兄の家族も交えてのお盆はちょっと遠慮したいなという気持ちです。
兄の家族はみんな優しいのですけどね。

私はピエロではない、というのが私の本音です。理解できないかもしれませんが。

もう行くしかない

断わっても、断わっても、何度も連絡が来て、最後は観念しました。

もう行くしかないんです。(大袈裟ですが)

実家に行く直前まで、なんとかして断ろう、ドタキャンしよう、熱を出そうとか、色々考えていたのだけど、実家の玄関を開けて中に入ったら、私がずっと思い悩んでいたのが自然に消え去っていきました。

兄とは四年ぶりの再会です。

兄の家族は温かく私を迎えてくれたし、父も母も喜んでいました。

だからといって、母は相変わらず、言わないでいいことを言うし、兄のお嫁さんも大変だろうなと思いました。

行ってよかった、と心から思えたのかどうかは分からないけれど、たぶん行ってよかったのだと思います。

誰も私をピエロだなんて思っていません。
もし思っている人がいるのだとしたら、それは自分自身なのかもしれません。

実家の帰省でこんなにモヤモヤするのと思うけど、実家は私にとって安らぎになるのかは分からないけれど、少しずつ私も変わっていけるのかもしれないと感じました。

毒親との付き合い方は試行錯誤でいいと思います。
無理だと思ったら離れたらいいし、親に支配されないことが大切です。

だけど親のすべてを拒絶すればいいのかというと、それでいいのかは分かりません。

自分が自分らしく生きられると感じる親との距離を、探し続けていけばいいと私は感じます。